東京高等裁判所 平成元年(行ケ)119号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
1 引用例(実開昭五三―一二六四六五号)に審決認定のとおりの記載があり、引用例における導電性部分の設置位置も本願発明にいう「電子ビームの集束に関与する電極と対向する位置」に設けるもので、それが「実質的に電界放射のないような寸法と形状を有している」ものであること、本願発明と引用例記載の発明との間に審決認定のとおりの一致点及び相違点イロのあることは原告も認めるところである。
原告は、取消事由として右の相違点イについての判断の誤りを主張するので、以下検討する。
2 前記争いのない本願発明の要旨に、成立に争いのない甲第二号証(昭和五五年三月三日付特許願書添付の明細書及び図面)、甲第三号証(昭和五八年六月九日付手続補正書)並びに甲第四号証(昭和六〇年一二月二四日付手続補正書)を総合すると、本願発明は、管内放電を防止する手段を有する陰極線管に関する発明であつて、特にビード(ガラスなどの絶縁性材料から成る二本の細長い軸方向の支柱)付き電子銃マウント構体を有する陰極線管のネツク部の放電を防止しようとしたものであること、通常電子銃マウント構体は、この二本のビードと間隔を保つて一体として支持された陰極と複数個の電極を含んでおり、このビードはガラスネツク部の内面に近接対向する長い表面を有し、通常周辺電界強度の小さいステム付近の領域から動作時は高い動作電位が印加され周辺電界強度も高くなる電極の領域まで伸びているが、このビードとネツク部表面との間の空間はステム領域から最高電位電極の領域まで漏洩電流が流れ得るチヤンネルを成し、この漏洩電流がネツク部のガラス内部の青色のグロー、ネツク部表面の電荷及びネツク部内の放電を伴うものであり、このような電流の漏洩電界はそのチヤンネル内の電界の長手方向成分であること、本願発明は、この漏洩電流を防止又は減少させることを目的として、特許請求の範囲の記載のとおり支柱(ビード)のそれぞれの「ネツク部に対向する面の少なくとも一部は導電性となつており、この導電性部分の各々は上記電子ビームの集束に関与する電極と対向する位置にあつて電気的に浮いた状態」とする構成を採用したものであり、これによつて、この導電性部分がそれぞれのチヤンネル内の管軸方向電界を中和してそのチヤンネル内の管軸方向電流を少なくとも放電が実質的に防止される点まで減少させる効果を期待したものであること、並びに本願発明の構成の一部である電子銃マウント構体においては、<1>ある金属電極から他の一つの金属電極へ直接起こる絶縁破壊(主にG3、G4間でG2、G3間に少し)と<2>絶縁体(主にネツク部のガラス)を仲介とする絶縁破壊による放電がみられるが、本願発明は特に<2>の絶縁体を介しての絶縁破壊による沿面放電の防止を目的とするものであること、この沿面放電は、冷電子電界放射源の多数存在するステム領域における冷電子電界放射に伴う不要電子がネツク部のガラスに衝突すると二次電子放射が起こるとともに電子電荷が起こり、これによつてビード空隙に沿う電子雪崩を誘発され、ネツク部ガラス面に沿つて第二加速集束電極G4に対向する面まで伸延して漏洩電流となるものであること、が認められる。
3 引用例について審決の認定した記載内容(前記争いのないところ)に、成立に争いのない甲第五号証(実開昭五三―一二六四六五号)を総合すると、引用例には次のような技術内容が開示されていることが認められる。すなわち、引用例は耐電圧特性を改良した陰極線管に係るものであるが、引用例の発明は本願発明と同様、管内放電のうち、「絶縁材料から成るネツク管内壁を介して陽極と第三格子電極あるいは陽極と第二格子電極、第一格子電極、陰極、ヒータ間で起こる」(二頁三ないし六行)沿面放電(前記<2>に相当)を防止することを目的として、「電子銃マウント構体は少なくとも二本の電気的に絶縁性の支柱上に取り付けられていて、少なくとも一本の電子ビームを発生する複数個の電極を含み、上記支柱のそれぞれの上記ネツク部に対向する面の少なくとも一部は導電性となつており、この導電性部分の各々は格子電極に接続されている」という構成を採用したこと、沿面放電の防止に与かる導電性部分の作用ないし機能について、詳細な説明には「(別紙図面(二)の第2図ないし第4図のものについて)このような構成のもとで、不要電子源である導電性粒子(A)からの不要電子がネツク管(1)内壁に衝突して、その附近を帯電させた場合、その電位による電気線が第二の不要電子源である突起部分(B)に入り込もうとするが、両者間には第三格子電極(7)に接続された、したがつて数kvあるいは数百vの電圧が印加された導電膜(11)が存在するためにシールド効果を持つことになり、突起部分(B)に入り込むことができない。すなわち、第一の不要電子源附近のネツク管(1)内壁における正の帯電部分が、第二の不要電子源附近のネツク管(1)内壁に移動しないことになり、陰極(4)やヒータ(3)への沿面放電が発生しなくなる。また、シールド効果が不完全であつて第一の不要電子源附近のネツク管(1)内壁の正の帯電部分が第二の不要電子源附近に移動することになつても導電膜(11)の近くを通ることになり、この導電膜(11)との間での放電は生じ、陰極(4)あるいはヒータ(3)との沿面放電を発生させることがない。」(五頁一六行ないし六頁一四行)と説明されていることが認められる。
右の認定に係る引用例の記載内容に照らしてみると、引用例の発明が、二本の電気的に絶縁性の支柱のそれぞれのネツク部に対向する面の少なくとも一部を導電性部分となし、この導電性部分の各々を格子電極に接続している構成としたのは、シールド効果によつて沿面放電による漏洩電流の流れを抑制することを意図したものであることは明らかであるが、前記「シールド効果が不完全であつて第一の不要電子源附近のネツク管(1)内壁の正の帯電部分が第二の不要電子源附近に移動することになつても導電膜(11)の近くを通ることになり、この導電膜(11)との間での放電は生じ、陰極(4)あるいはヒータ(3)との沿面放電を発生させることがない。」との記載からは、絶縁性支柱のネツク部に対向した面に導電膜を施すことのみによつても(いずれかの格子電極に接続しなくても、つまり「電気的に浮いた状態」のままでも)、帯電部分がこの導電膜との間で放電し、管軸方向電界を中和するので、ある程度管内放電に伴う管軸方向の漏洩電流を減少させて沿面放電を防止できることが開示されているものということができる。
4 右のとおり本願発明と引用例の発明とは、目的ないし技術的課題が共通しているうえに、構成においても相違点(イ)(ロ)をのぞいて実質的に一致しており(審決摘示の相違点(ロ)は、導電性部分が電界の局部集中化を防ぐ目的で設けられたことからして、抵抗値の低いことが望ましいのであり、本願発明が規定した「約五〇キロオーム/平方以下の比抵抗」は当業者が容易に想到し得る常識的な数値であり、原告も相違点(ロ)についての判断については争つていない。)、かつ高電位の帯電部分による電界を中和させてネツク部内壁を介しての絶縁破壊による沿面放電を防止ないし減少させるという同一の作用効果を有するものである。
5 原告は、相違点(イ)についての判断に当たつて、審決が、「絶縁体上に導電性被膜を施すことにより電界の局部的集中化を防ぎ、それにより放電を抑制すること」を周知の技術であるとみた点の誤りを主張するが、成立に争いのない乙第二号証(特開昭五三―一〇九五六号)によれば、昭和五三年一月三一日に公開された「電子銃」の発明に係る公開特許公報であるところの乙第二号証には、「本発明は、このような帯電による障害を防止すること目的としてなされたもので、絶縁物に所定の導電性を持たせることにより帯電を抑制しようとするものである。例えば二次電子放出等により表面帯電が起きても、この電荷を表面を通してリークさせ得るので電荷の蓄積を抑えることができ、異常な電位上昇を防ぐことができる。」(三欄五行ないし一二行)、「絶縁物表面を導電化する方法は、導電性を有する物質を塗布又は蒸着などすることで、これにより表面に導電性膜を形成することによつてもこの発明を実施することができる。」(四欄一六行ないし一九行)との記載のあることが認められるし、加えて、前述のとおり引用例の発明も、絶縁体上に導電性被膜を施すことによりそれなりに電界の局部的集中化を防ぎそれにより放電を抑制し得るという認識を前提としたものと認められるから、右の周知技術の認定について審決には何ら誤りはない。
このように、引用例には、シールド効果とは別個に、導電性部分自体が、管軸方向の電界を中和すること、すなわち、電界の局部集中化を緩和して沿面放電を防止することが開示されていると認められ(これを否定する原告の主張は引用例の記載内容を正しく理解したものとはいえない。)、また、審決指摘のように、絶縁体上に導電性被膜を施すことにより電界の局部的集中化を防ぎ、それにより放電を抑制することは、本出願前に周知の技術となつていたものと認められるから、引用例における導電性部分を「電気的に浮いた状態にして」導電性部分自体によつて沿面放電を防止することは、当業者が容易に想到し得ることといわざるを得ない。審決の指摘した周知技術の内容は、原告の主張するようにその技術内容が不明確なものではないし、前掲乙第二号証における導電膜の表面固有抵抗が大きいからといつて、前記認定した記載に照らしても、同号証に記載された「導電性膜」が導電性物質であることを否定することはできないから、これらの点をいう原告の主張は失当である。
6 原告は、審決が本願発明の奏する顕著な効果を看過した旨主張するが、すでに認定説示したところから明らかなように、引用例の発明においては導電性部分がいずれかの格子電極に接続されているために、不要電子源付近のネツク部内壁における高電位の帯電部分が格子電極によるシールド効果により陰極付近のステム領域までは移動しないことによつて沿面放電を防止するものであるから、導電性部分に電圧を印加することによるシールド効果は、本願発明の「電気的に浮いた状態」の導電性部分に比べて放電防止効果がより大きいのである。言い換えれば、引用例の発明における導電性部分による効果は、シールド効果が充分でない場合の管軸方向電界を中和するという効果(これが本願発明の効果であり、本願明細書の記載を検討してみても、放電防止の点に関してこれを越える効果を認めるに足る記載は見い出せない。)及び電圧印加によるシールド効果の両方の効果を奏するものであるから、本願発明より効果の上でも優れていることは明らかである。この点について、原告は、引用例の発明における沿面放電の抑制能力が本願発明より優れていると推測できるとしながらも、それは、導電性部分が双方とも理想的な形状をもつている場合のことで、実際には電界放射源となり得る突起や尖端があるため、むしろ、引用例の発明の方が、防止しようとする放電と同種の放電を起こしやすい旨主張するが、本願発明においては、導電性部分や電極における突起や尖端部の除去はスポツトノツキングによつて行うことができることとしたうえで、このスポツトノツキングが有効に行えないところのステム領域の冷電子(電界)放射に起因する沿面放電の防止ないし減少を目的としているのであるから(前掲甲第二号証九頁七行ないし一〇行)、導電性部分における突起や尖端が残つていることを前提として、相違点(イ)による効果の違いをいうことは不適切である。したがつて、原告の効果に関する主張も採用できない。
7 右のとおりであるから、本願発明は引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとした審決の判断は正当であり、審決にはこれを取り消すべき違法の点はない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものとして、これを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
電気的に絶縁性のネツク部を有する真空外囲器と、上記ネツク部内にその内面から僅かに離れて配置された電子銃マウント構体とを具備し、該電子銃マウント構体は少なくとも二本の電気的に絶縁性の支柱上に取付けられていて、少なくとも一本の電子ビームを発生する複数個の電極を含み、上記支柱のそれぞれの上記ネツク部に対向する面の少なくとも一部は導電性となつており、この導電性部分の各々は上記電子ビームの集束に関与する電極と対向する位置にあつて電気的に浮いた状態にあり、また上記各導電性部分は約五〇キロオーム/平方以下の比抵抗を有し、且つ実質的に電界放射のないような寸法と形状とを有している、陰極線管。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
図面(二)
<省略>
(他は省略)